史上最高のドキュメンタリー映画、ついに公開。

『チリの闘い』はパトリシオ・グスマン監督による三部構成のドキュメンタリー映画である。
東西冷戦期の1970年、チリでは選挙によって成立した世界初の社会主義政権が誕生し、サルバドール・アジェンデが大統領に就任した。「反帝国主義」「平和革命」を掲げて世界的な注目を集め、民衆の支持を得ていたが、その改革政策は国内の保守層、多国籍企業、そしてアメリカ合衆国政府との間に激しい軋轢を生み、チリの社会・経済は混乱に至る。1973年9月11日、陸軍のアウグスト・ピノチェト将軍ら軍部が米国CIAの支援を受け、軍事クーデターを起こす。アジェンデは自殺(諸説あり)。以後、チリはピノチェトを中心とした軍事独裁政権下に置かれた。 パトリシオ・グスマンは、このチリにおける政治的緊張と社会主義政権の終焉を撮影・記録。クーデターの後、グスマンは逮捕・監禁されるも処刑の難を逃れ、フランスに亡命。撮影されたフィルムも奇跡的に国外に持ち出され、映画監督クリス・マルケルやキューバ映画芸術産業庁(ICAIC)の支援を得て、「史上最高のドキュメンタリー映画」とも言われる破格の作品を完成させた。

Date Information
2017/8/16 【2017年9月29日(金)『チリの闘い』DVD発売】
封入ブックレット:作品解説文/遠山純生さん(映画評論家)、寄稿文/飯島みどりさん(立教大学ラテンアメリカ研究所)
定価¥7,800(税抜)
AMAZON 商品ページ
2016/9/20 【@ユーロスペース トーク第4弾!】
◆10/2《日》14:55(第3部)の回 上映後
出演:高橋悠治さん(作曲家・ピアニスト)×佐々木敦さん(批評家)
ユーロスペース HP
2016/9/7 【@ユーロスペース トーク第3弾!】
◆9/18《日》20:55(第3部)の回 上映後
出演:廣瀬純さん(批評家)×結城秀勇さん(映画批評)
ユーロスペース HP
2016/9/7 【@ユーロスペース トーク第2弾!】
◆9/16《金》20:55(第3部)の回 上映後
出演:町山広美さん(放送作家)×中原昌也さん(ミュージシャン・作家)
ユーロスペース HP
2016/9/6 【@ユーロスペース トーク第1弾!】
◆9/11《日》14:55(第3部)の回 上映後
出演:太田昌国さん(民族問題研究・編集者)
ユーロスペース HP
2016/9/2 【9/10(土)~@ユーロスペース上映時間決定!】
○11:00~ 第1部「ブルジョワジーの叛乱」
○13:10~ 第2部「クーデター」
○14:55~ 第3部「民衆の力」
●17:00~ 第1部「ブルジョワジーの叛乱」
●19:10~ 第2部「クーデター」
●20:55~ 第3部「民衆の力」
※各回入れ替え制となります。
ユーロスペース HP
2016/8/23 『チリの闘い』公開記念パトリシオ・グスマン監督特集、開催!
東京・御茶ノ水アテネ・フランセ文化センター
8/24(水)~8/27(土)
アテネ・フランセ文化センターHP
2016/8/13 前売3回券を「メイジャー」でWeb販売開始!
全3部の鑑賞券、価格は3,600円(税込)です。
こちらもご購入特典として「アジェンデの言葉」ステッカーをプレゼント!!!
「メイジャー」webページ
2016/8/5 前売3回券をユーロスペース劇場窓口で販売開始!
全3部の鑑賞券になります。価格は3,600円(税込)です。
ご購入特典として、「アジェンデの言葉」ステッカーをプレゼント!!!
ユーロスペースHP
2016/7/26 公式サイト、オープン!

予告編

コメント

  • 現場写真こそが、歴史のリアルを伝える。

    マンテーニャの「死せるキリスト」を思い起こす、「第二、第三のベトナムを」という言葉を残したチェ・ゲバラの死体写真。
    最高傑作記録映画と言われている『ベトナムから遠く離れて』(クリス・マルケル)。
    社会主義化を推し進めるチリの民衆の闘い、これを壊す軍部の陰謀、両方の目から撮られた現場のイメージ。
    最後はクーデターによるアジェンデ大統領の死。

    まだ、ベトナム戦争は終わっていない。

    磯崎新/建築家
  • 労働者たちのいきいきした表情 さまざまな意見をぶつけあい 批判しあいながら だれもが予測できない結果にひきずられていく 映像はモノクロであるためもあって 記憶のなかに浮かぶさまざまな思いを誘う力をもっている

    高橋悠治/作曲家、ピアニスト
  • ピノチェトもクーデターすらも脇役に過ぎない。労働者のおっさんおばちゃんの、生活にぶっとく貫かれ汗が強く匂う信念こそが主役だ。「金持ち経営者は俺たちに非政治的でいろというが、それは本当はすべてが政治だからなんだ」!!お客さんしかいないこの社会にその声は響くか、響け。

    町山広美/放送作家
  • 単なる政治ドキュメンタリーを超えた、この高揚感は何なんだ⁉︎ 扇動する太いビートに興奮しつづける263分!! 永遠に終わらない闘争の熱狂とフィルムのグルーヴにひたすら身を委ねる快楽!

    中原昌也/ミュージシャン、作家
  • 真に優れたドキュメンタリー映画、ほんとうに類い稀なドキュメンタリー映画は、ムービーカメラが、映画が発明されたことの、人類にとっての意味と意義を、理屈抜きに教えてくれる。
    『チリの闘い』は、そんな映画である。

    佐々木敦/批評家
  • 『チリの闘い』に再現された大統領官邸モネダ宮への空爆の映像は、見る者にトラウマと呼べるほどの強烈な印象を残す。あの激しい爆撃によって国を追い出された表現者たちの作品の端々にも、この記憶は刻まれている。

    柳原孝敦/東京大学大学院准教授、スペイン語文学
  • 我々観客もまた「同志」と呼びかけられ、これに「同志」と応じることを迫られる。闘争は何度でも再開されるのだ。

    廣瀬純/批評家
  • 『チリの闘い』の画面に見入りながら、私はしきりに、現在の日本の政治・社会状況と重ね合わせていた。見逃すには、あまりに惜しい映画だ。

    太田昌国/民族問題研究、編集者
  • すばらしい! 崩壊しつつある政府を横切りにして考察するこのドキュメンタリーが、先例のない作品であることは間違いない。われわれは引き裂かれてゆく国家を目の当たりにするのだ

    ポーリン・ケイル/「ニューヨーカー」誌
    1978年1月23日
  • 『チリの闘い』はたんなるドキュメンタリーではない。ひとつの叙事詩だ……政治を人間生活の欠くべからざる一部として劇的に表現しているのである

    グリール・マーカス/「ポリティクス・アンド・アザー・ヒューマン・インテレスツ」誌
    1977年11月8日
  • 力強い……この映画に夢中になったあまり、上映中ずっと座席に釘づけになってしまった。場内に明かりが灯ったとき、ただちにもう一度観たいと思った。これまでに観たなかで最高のドキュメンタリー映画だ

    スチュアート・コーエン/「ボストン・フェニックス」紙
    1977年11月8日
  • 必見。確かに党派性は強いが、周到に記録されている……ジョン・リード著『世界を揺るがした十日間』に比肩する映画だ

    デイヴィッド・ロビンソン/「タイムズ」紙
    1977年
  • 傑出している……この力強い映画は、歴史的=革命的状況を体系的に描き出そうとする、唯一のではないにせよ稀な試みの一つである……その規模のみならず、製作班が撮影中にくぐり抜けなければならなかった危難の数々においても、別格の記録なのだ

    ティト・ラニエリ/「ウニタ」紙
    1975年

作品構成・概要

第一部:ブルジョワジーの叛乱(96分)

1973年3月におこなわれた議会選挙における左派(人民連合)の予期せぬ勝利に続く、右派による攻勢の激化を検証する。議会制民主主義がアジェンデの社会主義政策を阻止できないことを思い知った右派は、その戦略を国民投票から街頭闘争へと転換する。この第一部は、右派が政府を弱体化して危機的状況を引き起こすために、デモやストライキの扇動から暴動、そしてテロへとその暴力的戦術をさまざまに駆使する様子、そしてついには軍部がクーデター未遂事件を引き起こすまでの数か月間を追う。

第二部:クーデター(88分)

第二部は、第一部の終盤に登場した1973年6月29日のクーデター未遂事件で幕を開ける。この「クーデター未遂」は、軍にとって有益な予行演習となったことは明らかであり、「本番」がおこなわれるのは時間の問題だと誰もが認識しはじめた。左派は戦略をめぐって分裂し、一方右派は着々と軍による権力掌握の準備を進める。最終的に73年9月11日の朝にクーデターが実行に移され、大統領府は軍による爆撃を受け破壊される。アジェンデはラジオを通じてチリ国民に向け演説をした後、自殺と思われる死を遂げる。同じ日の夜、アウグスト・ピノチェトを議長とする軍事評議会のメンバーがテレビ出演し、新たな軍事政権の発足を宣する。

第三部:民衆の力(79分)

平凡な労働者や農民が協力し合い、"民衆の力"と総称される無数の地域別グループを組織してゆく姿を追う。彼らは食糧を配給し、工場や農地を占拠・運営・警備し、暴利をむさぼる闇市場に対抗し、近隣の社会奉仕団体と連携する。こうした活動は、まず反アジェンデ派の工場経営者や小売店主や職業団体によるストライキへの対抗手段として始められたものだった。やがて"民衆の力"は、右派に対し決然たる態度で臨むことを政府に要求する、ソビエト型の社会主義的組織体へと徐々に変質してゆく。

主な受賞歴・映画祭上映歴

<第1部>1975年
ベナルマデナ映画祭グランプリ(スペイン)
グルノーブルドキュメンタリー映画祭グランプリ(スイス)
フランス映画批評家協会Novas Texeira賞
カンヌ国際映画祭「監督週間」部門(フランス/ワールド・プレミア)
ベルリン国際映画祭フィルム・フォーラム(ドイツ)
ヴォルゴグラード映画祭(ソ連)
モスクワ国際映画祭(ソ連)
ペーザロ映画祭(イタリア)
<第2部>1976-1977年
ライプツィヒ映画祭グランプリ(ドイツ)
ベナルマデナ映画祭グランプリ(スペイン)
ブリュッセル国際映画祭グランプリ(ベルギー)
グルノーブルドキュメンタリー映画祭グランプリ(スイス)
ベルリン国際映画祭フィルム・フォーラム(ドイツ)
タシケント映画祭(ソ連)
メルボルン映画祭(オーストラリア)
カンヌ国際映画祭「監督週間」部門(フランス/ワールド・プレミア)
<第3部>1978-79年
ハバナ新ラテンアメリカ映画祭グランプリ(キューバ)
コルドバ映画祭グランプリ(アルゼンチン)
サンパウロ映画祭第三賞(ブラジル)
ベルリン国際映画祭フィルム・フォーラム(ドイツ)
サンセバスチャン映画祭(スペイン)
ロンドン国際映画祭(英国)
アムズテルダム映画祭(オランダ)
ラテンアメリカ映画祭(ベネズエラ)
メルボルン映画祭(オーストラリア)
ニューヨーク・インターナショナル・フィルム・セミナー
ロサンゼルス第三世界映画祭

解説

アジェンデ政権末期の記録

『チリの闘い』は、サルバドール・アジェンデ大統領率いる人民連合政権(1970年~1973年。マルクス主義を掲げて民主的選挙で成立した史上初の政府)時代の、騒擾に満ちた最後の数か月間を記録・再構成した作品である。階級闘争を繰り広げる国民と内戦の危機に瀕した分裂国家の姿を記録し、三部構成・約四時間半の大長編映画へと作り上げたのは、パトリシオ・グスマンをリーダーとする映画製作チーム「三年目」。映画は、政治家たちが討論する議場、時に周囲が煙や銃声に包まれる不穏な街頭デモ、「備蓄された武器」を探して労働者たちの拠点を襲撃する軍、サンティアゴの街頭でおこなわれる大規模な政治集会等々、その視点をミクロからマクロへ至るまでの多彩な事象に据えて、当時のチリが置かれていた一触即発の危機的状況とその後のアジェンデ政権崩壊、そうした状況下で奮闘しつつ社会主義的な自治=互助組織を形成してゆく民衆の逞しさを複眼的に描き出す。

『チリの闘い』製作へ

グスマンらは、親しい独立系映画製作会社から手持ち撮影=録音用の軽量機材を、フランスの"シネマヴェリテ"作家クリス・マルケルから生フィルムを提供してもらった(この作品は16ミリ・カメラとテープレコーダー各々一台だけを使って撮影=録音された)。しかしこのとき、グスマンらは撮影を開始する前にまず映画作りをめぐる方法論をじっくりと議論することにした。限りあるフィルムを無駄にしないで可能な限り有効に使うべく、事前に作品のコンセプトを明確にしておくためである。また、グスマンらは今にも爆発しそうな自国の状態と差し迫った変化に対して充分に意識的であり、自分たちの映画が価値ある歴史的記録としての役割を果たすことになると考えていた。扇動的であったり弾劾調であったりするスタイルは避けられ、"分析的な"ドキュメンタリー映画──あからさまなプロパガンダではなく、エッセイのような映画──を作ることが志向される。

撮影開始

1973年3月より撮影開始。撮影は、半ば秘密裡におこなわれた。第一部の終幕に登場する衝撃的な映像──軍人がカメラ=撮影者に向かって発砲し、被弾した撮影者がカメラを廻したままの状態で倒れ、画面が激しく傾く──は、もともとテレビ放映用に撮られた素材を流用したものである。その様子を撮影していた記者レオナルド・ヘンリクセンはチリ陸軍伍長エクトル・ブスタマンテ・ゴメスらに銃撃され、33歳の若さで死亡した。

グスマンらは安全対策として、撮影済みの素材は分散して各所に隠し、マルケルに提供してもらったフィルム(と録音用テープ)を使って撮影を続けていた。そして1973年9月11日、クーデター勃発。テレビ放映された暫定軍事政権のメッセージと、爆撃される大統領官邸(モネダ宮殿)の映像──が最後のフィルムリールを使って撮影される。その日、グスマンらは捕らえられてチリ国立競技場の独房に収監され、15日間をそこで過ごすことになる。

ポストプロダクション作業から完成へ

制作メンバーは、幸運にもほぼ全員が難を逃れ、拷問や殺害の犠牲者となることはなかった。出獄後、グスマンはチリを離れる。5人いたメンバーのうち、4人も順次出国。そして、撮影=録音素材もすべて国外へと密かに持ち出された(外交用郵便袋に入れて密輸出されたといわれる)。残りの一人で急進派政党「左翼革命運動(MIR)」に属していた撮影者ホルヘ・ミューラー・シルバは、恋人である女優カルメン・ブエノと共に1974年11月に秘密警察DINAに捕らわれ、尋問および拷問されたのち"行方不明"となった。『チリの闘い』は「ホルヘ・ミューラーの思い出に」捧げられている。

グスマンらはマルケルの伝手で赴いたフランスで、映画を完成させるための資金援助先を探し回ったがうまくいかず、結局キューバのハバナにある「キューバ映画芸術産業庁(ICAIC)」のアルフレド・ゲバラが、映画の完成に必要な設備をすべて──映画監督・脚本家フリオ・ガルシア=エスピノサの監修および助言も含めて──をICAICから提供しようと申し出てくれたことで、同地で完成にこぎ着けた。

完成作は三部構成、約四時間半におよぶ長大なもので、第一部が1975年、第二部が1977年、第三部が1979年に公開されている。

監督紹介

パトリシオ・グスマン Patricio Guzmán

1941年8月11日、チリのサンティアゴ生まれ。青年期にクリス・マルケル、フレデリック・ロシフ、ジャック=イヴ・クストーらの監督作を観て、ドキュメンタリー映画製作に興味を覚える。チリ大学で演劇と歴史と哲学を学んだ後、チリ・カトリック大学で映画作りを学び、さらにマドリードの国立映画学校で70年に映画演出の学位を取得した。71年にチリに帰国して、国立映画製作会社チリフィルムズに参加、ドキュメンタリー映画ワークショップを率いる。同年、アジェンデ政権発足後最初の12ヶ月間に取材した長編『最初の年』(71、未)を初監督。この作品はチリで商業公開された。また、当時チリを訪れていたマルケルがたまたま同作を観て、フランスでの公開に一役買うことになる。次いで、反アジェンデ勢力のストライキが引き起こした経済的混乱に抗する労働者たちの姿を描いた第2作『十月の回答』(72、未)を発表。

アジェンデ政権末期のチリを記録した全三部からなる第3作『チリの闘い』は、軍事クーデターの勃発により、撮影終了から完成までに数年の歳月を要したが、完成作はヨーロッパおよびラテンアメリカの各種映画祭で計7つのグランプリを獲得し、およそ35ヶ国で商業上映されるなど、傑出したドキュメンタリー映画として高く評価された。

これまで日本公開された作品も2作ある。人類の過去を探求する天文学者たちと、ピノチェト政権時代に処刑された親族の面影をいまだ追い求め続けるチリの女性たちの姿との間に認められる類縁性に焦点を当てた『光のノスタルジア』(2011)。そして、『光のノスタルジア』と共に三部作の一部をなす予定の、水に恵まれた環境にありながらそれを活用しえなかった国チリ、ヨーロッパからの移住者に虐げられてきたチリ先住民、ピノチェト政権下で拷問・殺害された後密かに海に沈められた人々が「ボタン」を介して結びつけられる『真珠のボタン』(2015)である。83年には唯一の劇映画『羅針図』(未)も発表した。また、独裁政権下にある南米の架空の国を舞台としたハリウッド製喜劇映画『パラドールにかかる月』(ポール・マザースキー、88、VHS発売のみ)に俳優として出演している。現在はフランスのパリに在住。

公開情報

                    
地域 劇場名 公開日 TEL
北海道
札幌 札幌プラザ2.5(主催:シアターキノ) 上映終了 011-231-9355
東北
仙台 フォーラム仙台 上映終了 022-728-7866
福島 フォーラム福島 上映終了 024-533-1515
関東
東京 ユーロスペース 上映終了 03-3461-0211
東京 アップリンク 上映終了 03-6825-5503
東京 両国門天ホール「両国シネマ天丼2017」 上映終了 03-6666-9491
東京 東京国立近代美術館フィルムセンター「第39回PFFぴあフィルムフェスティバル」 2017年9月17日(日)、2017年9月22日(金) 03-5774-52961
神奈川 横浜シネマリン 上映終了 045-341-3180
高崎 シネマテークたかさき 上映終了 027-325-1744
中部・北陸
名古屋 名古屋シネマテーク 上映終了 052-733-3959
松本 松本CINEMAセレクト 上映終了 0263-98-4928
関西
大阪 シネ・ヌーヴォ 上映終了 06-6582-1416
京都 京都みなみ会館 上映終了 075-661-3993
京都 立誠シネマ 上映終了 075-201-5167
神戸 元町映画館 2017年9月9日(土)~2017年9月15日(金) 078-366-2636
中国・四国
広島 横川シネマ 上映終了 082-231-1001
山口 山口情報芸術センター[YCAM] 上映終了 083-901-2222
九州
宮崎 宮崎キネマ館「第23回宮崎映画祭」 2017年9月17日(日) 0985-28-1162

クレジット

  • 製作・監督・脚本: パトリシオ・グスマン PATRICIO GUZMAN
  • 支援: クリス・マルケル CHRIS MARKER キューバ映画芸術産業庁 ICAIC マッカーサー基金 MACARTHUR FOUNDATION
  • プロデューサー: パトリシア・ボエロ PATRICIA BOERO ホルヘ・サンチェス JORGE SANCHEZ
  • ナレーター: アビリオ・フェルナンデス AVILIO FERNANDEZ
  • 助監督: ホセ・バルトロメ JOSE BARTOLOME
  • 撮影: ホルヘ・ミューレル・シルバ JORGE MÜLLER SILVA
  • 編集: ペドロ・チャスケル PEDRO CHASKEL
  • 録音: ベルナルド・メンス BERNARDO MENZ
  • サウンド・ミキシング: カルロス・フェルナンデス CARLOS FERNANDEZ
  • 制作: フェデリコ・エルトン FEDERICO ELTON
  • アーカイブ: ESTUDIO HEYNOWSKY & SCHEUMANN NOTICIARIO CHILE FILMS ARCHIVO ICAIC REVISTA CHILE HOY ISKRA
  • 製作年:1975、1976、1978
  • 原題: LA BATALLA DE CHILELa Lucha de un Pueblo sin Armas
  • 製作国:チリ=フランス=キューバ
  • 本編尺:263分
  • 撮影:16mm
  • 上映:デジタル
  • 配給:アイ・ヴィー・シー
  • 配給協力:ノーム
  • 宣伝:スリーピン
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